2018年 08月 06日
生ましめんかな
栗原貞子さんの「生ましめん哉」という詩をご存知でしょうか?

私は数年前、吉永さゆりさんの朗読で耳にし、忘れられない詩のひとつとなっています。


その詩の石碑が、マアルの事務所・店舗のある白島という街の中の、
郵便局株式会社中国四国の敷地内にあると知ったのは2年ほど前。

同じ町内で助産院を開設され、マアルの肌着もお取り扱いくださっているKEI助産院の田中先生が8月6日におまいりされている投稿で知りました。

中区千田町に当時あった郵便貯金支局での実話をもとに、
自身も被曝された詩人の栗原貞子さんが敗戦後「中国文化」という冊子の第1号で発表されたこの詩。


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『うましめんかな』

こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。

汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。

マッチ1本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

1946年3月「中国文化」

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実際この産婆さんはこの後も長生きされ、この取り上げられたお子さんと再会されたそうです。
後日談に救われます。



広島に住んで13年め。


娘たちは学校で被曝者の方々からの証言を聞いてきます。
次女は昨日の登校日、暑い体育館で涙ながらに話してくださった被曝者の方の証言を
「口にしたら泣いてしまうからお母さんには言えん」と言いました。


この猛暑の中、そしてご高齢になってまでも、こうして伝えてくださる方々のお気持ちを、
私たちは腹の奥まで受け止めて、記憶して、
二度と戦争は繰り返さないと誓う気持ちを決して忘れないように。

8月6日は改めて思うのです。






by marrublog | 2018-08-06 22:10 | 日々 | Comments(0)


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