2018年 01月 17日
23年前、23歳の1月17日
1月17日。
朝刊を開くと23年前の震災に触れた記事があまりに小さいことがショックだった。


当時、わたしは23歳。
大阪、中之島の小さな広告デザイン事務所に新卒で入って1年足らず。
交通網は乱れに乱れ、4時間かけて昼頃にようやく出勤すると、
社長は仕事関係者の安否確認に追われている様子で受話器を握りっぱなしだった。

(新聞関係の広告も手がけていたので、そのあたりの緊急変更等もいろいろあったのだろうと今は思う。とにかく何も判っていない新入社員だった)

翌朝、社長はリュックにペットボトルに入れた水をたくさん抱え、思い詰めた顔をして「探してくるわ」と徒歩で神戸へ向かって行った。
連絡の付かない馴染みの営業さんを探しに出かけたのだった。


新入社員の23歳のわたし、しかもその頃は社長を「血も涙も無い鬼社長だ」と思い込んでいたものだから(社長ごめんなさい)、

親戚でも友達でもないのに、社長、仕事相手にそこまでするんだ。。。

その行動を意外に思ったことを覚えている。






先ほど、
Facebookを開くと、ご丁寧に「過去のこの日」とかいう何年前かの投稿を教えてくれる例のサービスが、
2016年にマアル創業5周年パーティをし、報告ブログを1月17日にアップしたと教えてくれていた。





今なら、あの頃の社長の気持ちが理解できる。

自社社員だけでなく、一緒に仕事をしてきた仲間の安否がどれほども心配なのか。
仕事繋がり、という縁だって、親戚友人と変わらぬ程深さを持つものがあるということが。


社長は腕のある、昔気質のデザイナーだったが、口が悪く不器用だったから、離れていく人もたくさんいた。
それでも長年の付き合いをしている仕事相手との関係は、おそらく同胞と言えるくらいの関係だったのではなかろうか。
メールのやり取りも無かった時代、もっともっと関係性は今より強く濃かったのだろう。


何時間歩いてでも安否を確認する。
そこまでの強い気持ちを持てる繋がりの人が、人数の多少ではなく、いるのか。いないのか。
いるから幸せ、とイコールでもないとも思う。
幸せのジャッジはその人の内側にだけ在ると思っている。

いろいろと考えだすと脱線してしまうが。。。



23歳から同じ23年という月日を経て、
いろんな1月17日を更新してきた。


14年前のわたしの1月17日は関東に住んでいて、大雪だった。
午後から本格的な陣痛になり、翌18日の日付になった頃に次女を産んだ。



日々を更新が出来るということが当たり前ではないということ。

様々な1月17日を更新できていることに、

改めて、感謝をします。







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「登美子の部屋」 ゲスト櫻木直美 
2/3(土)渋谷「キのうえ」にて 13時〜16時(予定)
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アースガーデンの大御所、登美子さんのお部屋にお呼ばれしました。
アトピーのこと、今迄のプライベートなこと、どうしてマアルをしているか、
何が好きで何が辛いのか、何を聞かれるのか判りませんが、
聞かれるがままにお話しようと楽しみにしております。

ぜひご一緒して下さい。







by marrublog | 2018-01-17 16:46 | 日々 | Comments(0)


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