2016年 12月 17日
宮古島の祖父
メルマガを書き始めるとき、
よく「去年の同じ月号は何を書いてたっけなー」と開くことがあります。


今日もそう。

2015年の12月号を開いたら、
同じ想いが溢れて来てしまって、
ちょっとまだ動けそうにありません。

普段、メルマガの内容はブログに貼付けたりしないのですが、

こういう感情、経験が、
「肌着から人々を応援したい」という核になっているのかもしれないと自分の中で再認識したので、
私自身のためにも、ここに貼っておこうと思います。



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2015年12月4日配信のメルマガ <naoのつぶやき:欄>


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<naoのつぶやき>

みなさまこんにちは!
ぐんぐんと冬らしくぎゅっとした空気感になっている広島ですが、いかがお過ごしでしょうか?

マアルは広島の店舗で明日(5:土)と、明々後日(7:月)のB品市の開催を控え、
バタバタしているかと思いきや、
ショップメンバーの見事なチームワークでほぼ準備完了しておりまして、

あとは皆様をお迎えするだけ、となっております。

私も、沖縄でのお休みから戻り、
事務所の机の上は「あら、どうしましょ」というくらい
何だか積上っておりますけれど、

それはそれ、

我が家同様、マアルにも妖精が住んでいるので、
寝ている間にいろいろ片付けてくれるんじゃないかなぁって思っています。

(暑さに頭をやられてしまったのでは?という内部の噂アリ:笑)


沖縄。

今回、宮古島で13回忌を迎える祖父の墓参りも兼ねての旅。

約14年前、30歳でアトピーが発症して、
ひと足お先にアトピーだった長女を抱えて様々な療法と出会い、
楽しくて夢中になりつつも、
めんげんなんだか、好転反応なんだか、悪化しているんだか、
もうとにかく酷くなってしまって
身も心もぐちゃぐちゃになっていた頃に、
「来なさい」といって呼んでくれたのが宮古島の祖父でした。

当時2歳の長女と私、そして母の、3人で、祖父の住む赤瓦の家に3ヶ月間滞在。

晩年、野口整体の教室を開いていた祖父は、
私と長女を毎日、島の中でも観光客が来ない浜に連れて行き、
砂浴させてくれたり、
畑でとれたての無農薬の人参を使ってジュースを作ってくれたり、
夜は塩湿布とか、気を通すとか、
祖父の知りうる様々な手当をしてくれました。

痒みで夜中目をさますことなく、初めて長女が朝まで眠れたのは、
宮古島が初めて。でした。

私も、何をしても出る一方だったアトピーが、
不思議な程1日1日改善に向い、
横浜に戻る頃にはツルツル肌になっていたのでした。
(戻ってみたらまた、、というそれはそれは長い続きがあるのですが)

13年経って、祖父と訪れた同じ砂浜で子犬のように走り回る次女を眺めながら、
ひょいとそこでも祖父のことを思い出したとき、

突然、

ぶぅわぁーーーっと、

胸が圧迫されるような、
何ともいえないもの苦しさが押し寄せてきました。


宿に戻り、
眠る前、
あの感情はなんだったのかなぁとぼんやり考えていて、、

「ちむりぐさ」を思い出しました。


沖縄には、「かわいそう」という方言が存在しないそうです。

「チム」=魂、気持ち 
ちむりぐさ、は、胸がつぶれそう、苦しい、そんなふうな意味です。

祖父自身からその言葉を聞いた覚えはありませんが、

可愛い(かわいかったはず^^;)孫が、ひ孫を連れて、
やせ細って(ある食事療法を頑張っていたので私はやせこけてもいました)、
例え身体からのサインだと判っていても
全身に症状を抱えた姿を見るのは、さぞかし胸を痛めていたのであろうな、と。


そんな「ちむりぐさ」な気持ちを秘め、
無言で、
真っ白い砂浜に私たちを寝かせるスペースの穴を掘り、
上から砂をかけていてくれたのだろうと。

「かわいそう」じゃなくて
「胸が痛い」。

標準語に直した時点で少しまたニュアンスが変わり、違う気もしますが、

ぐぅっと胸の詰まるあの感じ。

励ましの言葉や、
アドバイスや、叱咤など、
何も言わず、
ただただ、暖かい手をかざしてくれていた祖父。

老体には、砂を掘ることはもちろん、
膝が悪かったので砂浜を歩くことだって辛かったはずなのに、
何度自分達でするから、と断っても、
黙って首を振って、スコップを譲りませんでした。

他界して13年経ってもなお、
先人達はこうして伝えてくれることがあるのだな。



判ってはいるのに、
近ければ近いほど、
余計な言葉をついかけてしまう日常を振り返り、
祖父のようになりたいなぁとつくづく思ったのでした。


ブログで沖縄滞在日記その1を書いて、
その2、がすぐ書けなかったのは、

この「ぐぅっ」が、胸につかえたままだったから。


広島に戻り、北風にあたって2週間。

やっとちょっぴり、分析できたようです。
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(遡ってみたら、結局ブログでは「その2」を書かずに終わってます^^;)


12月は祖父の命日もあり、
ひょいひょいとこうして記憶を更新するきっかけがあります。

あっち側から、笑って見てるんだろうな。

マアルをしている姿、喜んでいると思います。


さて、
熱いお茶を淹れて、
今年の12月号のメルマガを書こう。

by marrublog | 2016-12-17 15:13 | 日々 | Comments(0)


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